関係性の網目としてのテレフォンセックス

関係性の網目としてのテレフォンセックス
新しいテレフォンセックスのプランを考えましたので、今回はその新たなテレフォンセックスの方法と、そのテレフォンセックスから導き出されうる快楽についての考察などを書いていこうと考えております。

「新しいテレフォンセックス」とはいいましたが、私が寡聞にして知らないだけであって、私が構想した「新しいテレフォンセックス」は、すでに実践されている「使い古されたテレフォンセックス」であり、「ポピュラーなテレフォンセックス」としてテレフォンセックスプレイヤーたちの間で定着し、愛されているプレイである可能性もあります。その場合は、どうか、ご寛恕いただければ幸いでございます。

さて、私が考えました「新しいテレフォンセックス」がどのようなものか、といいますと、それは、「テレフォンセックスにセックスを持ち込む/セックスにテレフォンセックスに持ち込む」というテレフォンセックス、「セックスと同時にプレイされるテレフォンセックス/テレフォンセックスと同時にプレイされるセックス」という方法による、いわば「実験的」なテレフォンセックスとなります。

この「新しいテレフォンセックス」においては、「テレフォンセックス」と「セックス」という異質なコードで進行する性行為をあえて同時に並行して行うことによって、性行為中の「言語」と「身体」の感覚の拡張、「言語」や「身体」というもの不自然さ、ゴツゴツとした違和感とその物質としての手触りの感受などが目指されます。

「テレフォンセックス」が、「声」と「言葉」で行う性行為であり、「セックス」が肉体同士の直接的な衝突・接触・交接によって行われる性行為である以上、「テレフォンセックス」に「セックス」を導入して同時に行おうとした場合、「声」と「言葉」からなる「テレフォンセックス」というものは消滅してしまい、「セックス」だけが残るのではないか、という疑問が出るのは当然のことでしょう。

しかし、「テレフォンセックス」をしながらの「セックス」、あるいは「セックス」をしながらの「テレフォンセックス」というのは、実は可能なのです。

それを見ていくために、「新しいテレフォンセックス」の具体的なプレイ方法を紹介していきましょう。「新しいテレフォンセックス」をプレイするにあたっては、まずは「セックスをする男女」という一組のユニットを用意する必要があります。

この「セックスする男女」のうち一方、あるいは、男女双方が、性行為中にテレクラを利用して違う空間にいる「テレフォンセックスプレイヤー」を見つけ出し、「セックス」しながら同時に並行して「テレフォンセックス」を進行させる。これが「新しいテレフォンセックス」の基本的な構図となるでしょう。

「新しいテレフォンセックス」の最もシンプルなあり方としては、「セックスをする男女」のうち、男性が「セックス」のみ、女性が「セックス」と「テレフォンセックス」を同時に行っているパターン(および、その逆)がまずは考えられます。

この最も基本的なシンプルなパターンにおいては、「セックスだけをする男性」(1)と「テレフォンセックスをしながらセックスをする女性」(1)と「テレフォンセックスをする男性」(1)という三つの立場が発生します。

このとき、「セックスだけをする男性」は、自分が女体に直接与えている刺激によって女性が起こす「肉体的反応」と同時に、顔も姿も見えない「テレフォンセックスをする男性」と「テレフォンセックスをしながらセックスをする女性」が受話器越しに行っている「女性側のみの断片的な会話」が混じり合ったものを聞くことになります。

「セックスだけをする男性」と「テレフォンセックスだけをする男性」は、それぞれ一つの時空間だけを持っています。「セックス」と「テレフォンセックス」を同時に行って二つの時空間を生きている「テレフォンセックスをしながらセックスをする女性」が「テレフォンセックス」を通してどのような会話を展開しているのか、また、「セックス」を通してどのような肉体的快楽を得ているのかを女性の「声」を聞くことによって想像することだけが許されているばかりであり、その全貌を把握することはできません。

「セックスだけをする男性」は、「セックス」の刺激によって、「テレフォンセックスをしながらセックスをする女性」が行っている「テレフォンセックス」の内容にちょっかいを出すといいますか、「言葉」の領域に「肉体的直接性」でもって介入し、女性が行う「テレフォンセックス」のよどみない進行に影響を与えることが可能です。

当然ながら、また逆も然りであり、姿が見えない「テレフォンセックスだけをする男性」の「声」と「言葉」による「セックス」への介入によって、「女性」の快楽が影響され、「ノーマルなセックス」だけではまず起こらないような不意打ちとしか言えない反応が女性の表面に生じ、「セックス」という眼の前の状況とはまるで関係のない、状況にそぐわないような「声」や「言葉」が、「セックスだけをする男性」の視覚や聴覚を刺激することになるでしょう。

「テレフォンセックスだけをする男性」も、相手の女性から一つ距離を隔てた男性からの予測不能な介入と、それによる質感の唐突な変化から逃れることができません。「テレフォンセックスをしながらセックスをする女性」の「言葉」と「行為」、「肉体」と「精神」の、「セックスだけをする男性」によって左右される快楽のズレによって、「テレフォンセックスだけをする男性」は一対一で「テレフォンセックス」だけを行っているときとは違う「声」と「言葉」の生々しい身体性を違和感とともに聞き取ることになるはずです。

無限増殖していくテレフォンセックスの網目

次に考えられるのは、「セックスをしている男女」の双方がテレクラを利用して、「テレフォンセックス」を同時に行う、という少しばかり複雑化したパターンです。ここにおいては、「テレフォンセックスをしながらセックスをする男/女」という一つのユニット(2)と、「テレフォンセックスだけをする男性」(1)、「テレフォンセックスだけをする女性」(1)という、四つの立場が発生します。

基本的な構造や効果は、最もシンプルなパターンとほぼ同じです。とくに「テレフォンセックスだけをする」それぞれの男女の「テレフォンセックス」の領域に発生するものに関しては、前述したものとまったく同じです。この複雑化したパターンで決定的な変化を被るのは、「テレフォンセックスをしながらセックスをする」それぞれの男女の「セックス」と「テレフォンセックス」の入り混じり方ということになるでしょう。

このパターンにおいては、「テレフォンセックスだけをする」それぞれの男女による介入と、それらの相手への対応によって、「テレフォンセックスをしながらセックスをする男/女」の「セックス」と「テレフォンセックス」の領域が左右される度合いが飛躍的に高まるということが考えられます。

「テレフォンセックスをしながらセックスをする」それぞれの「男/女」にとって、「セックス」はたえず「テレフォンセックス」によって影響されているのですし、「テレフォンセックス」は「セックス」によって影響されているわけで、彼らの「セックス」という空間は、終わらないフィードバックの衝突地点なのであり、「テレフォンセックスだけをする」それぞれの男女の耳元に、いささか混乱しているともいえる新たな「テレフォンセックス」の「声」と「言葉」を届けることになるでしょう。

ここまでくると、もはや羅列は不要かとも思えてくるのですが、次のパターンも例示しましょう。

まずは、「テレフォンセックスをしながらセックスをする男/女」という一つの基本ユニット(2)(a)、“(a)の「テレフォンセックスをしながらセックスをする男性」と、「テレフォンセックスだけをする女性」”(1)、“(a)の「テレフォンセックスをしながらセックスをする女性」と「テレフォンセックスをしながらセックスをする男性」”(1)(b)、そして“(b)の男性と「セックスだけをする女性」”(1)という五つの立場が発生する組み合わせ。

つづいて、「テレフォンセックスをしながらセックスをする男/女」という一つの基本ユニット(2)(a)、“(a)の「テレフォンセックスをしながらセックスをする男性」と、「テレフォンセックスをしながらセックスをする女性」”(1)(b)、“(b)の女性と「セックスだけをする男性」”(1)、“(a)の「テレフォンセックスをしながらセックスをする女性」と「テレフォンセックスをしながらセックスをする男性」”(1)(b)、そして“(b)の男性と「セックスだけをしている女性」”(1)という六つの立場が発生する組み合わせ。

これらの順列組み合わせは、考えていくだけならこのようにして、無限に増殖させていくことが可能です。その枝を広げるようにしてどんどん増殖していく「セックス」と「テレフォンセックス」の相関図を延々と書きたい、という欲望もありますが、その欲望はぐっとこらえて、パターンの提示はこの辺でやめておきましょう。

このような「新しいテレフォンセックス」による「セックス」と「テレフォンセックス」の無限増殖の末に考えうるものとしては、「基本ユニット」として据えられていた「テレフォンセックスをしながらセックスをする男/女」という二人組が、加速していく増殖の先では「中心」であることがほとんどわからなくなる、ということや、自分たちが経験している「テレフォンセックスをしながらのセックス」というものがどれほどの影響が波及した上で成立しているものなのかがまるでわからなくなる、ということがひとまず挙げられるでしょう。

この「新しいテレフォンセックス」を通して、テレフォンセックスというプレイに一対一の段階からすでに内在されている「主体の喪失」という側面が際立つことになるのではないか、と想像されるのですが、それを考察しながら語っていく記事的余裕はすでにありません。

「新しいテレフォンセックス」を実際にプレイするのはその増殖が広がれば広がるほどに困難になっていくでしょうし、おそらくはおよそ実現不可能なテレフォンセックスであることも考えると、この抽象的なテレフォンセックスについては一度考えを止める必要があるかもしれません。今回は、このあたりで筆を置くことにしましょう。