テレフォンセックスのエラボレーション

テレフォンセックスのエラボレーション

テレフォンセックスは、「言葉」のみを用いて性的な空間を立ち上げなければならないという基本原則があります。

「言葉」のみを使ってセックスの空間を立ち上げるためには、「話しながら考える」という能力が必要になります。

テレフォンセックスというのは、いわば「思考しつづける性行為」であるといってよいでしょう。

ところで、「思考能力」というものは、快楽の高まりによって興奮の頂点に近づけば近づくほどに人から奪われていくものでもあります。

肉体的なぶつかりあいによって達成される実際のセックスにおける「絶頂」であれば、「思考能力」を放棄し、全面的に身体性に没入することによって「絶頂」への足場へ足をかけることにもなるのですが、テレフォンセックスにおいては、そうはいきません。

テレフォンセックスの場においては、女性との会話を通してたえず思考をフル回転させていくことになるのですが、興奮を高めていくほどに奪われていく「思考能力」をいかに冷静に維持して研ぎ澄ましていくか、という矛盾した能力が求められるのです。

しかし、それは肉体的なセックスを基準にするから「矛盾した能力」になるのであって、テレフォンセックスにおける「絶頂」においては、そうではないかもしれません。

「思考する性行為」であるテレフォンセックスでは、どのようなものが「絶頂」であり、またどのようにして「絶頂」を迎えればいいのでしょうか。

テレフォンセックスの知的快楽

「思考する性行為」であるテレフォンセックスにおいては、「射精」や「アクメ」といった要素が「絶頂」ではないのかもしれません。

たとえば、テレフォンセックスにおいては「即ヌキ」と呼ばれる遊び方があり、これは、可能な限りはやく射精を済ましてしまってテレフォンセックスを終了させる、という即物的な遊び方です。

どうも、ここにおいては「射精という絶頂」はあっても、「テレフォンセックスにおける絶頂」という要素が希薄なのではないか、と思われてしまいます。

これはあくまで私の持論でしかないのですが、テレフォンセックスにおいては、「語りきる」「やりきる」「考え抜く」というプロセスの貫徹が「絶頂」なのではないかと思います。

「テレフォンセックスとは何か」という命題を自分のなかでしっかりと考察した上で、テレクラで繋がった女性を相手にした「話しながら考える」という性的な実践を通して、自らの命題を練り上げていく。

「言葉」と「言葉」が絡み合った先で、「性の景色」がどこまで広がっていくことになるのか。

テレフォンセックスというものは、より深く考えたものがより濃厚な性体験に到達することになり、「性」に対する思考と、その思考の「話しながらの実践」の領域が浅い場合は、そのまま、浅いテレフォンセックスとして返ってきます。

テレフォンセックスにおける「絶頂」というものは、「知的な達成」と言い換えてもいいかもしれません。

テレフォンセックスで「絶頂」を迎えるということは、「射精」とは違った領域の、「強靭な思考」によってのみ到達できる「知的快楽」によって、全身を痙攣させる体験を得るということではないでしょうか。