テレフォンセックスに影響される

直接肉体に触ってセックスしてしまえば話が早いところを、声と言葉だけでセックスをするのですから、そこには、通常のセックスとは違う、テレフォンセックスだけの快楽が存在するわけです。

たとえば、小説や映画や漫画や演劇や音楽などは、それぞれの分野において独立した、それらの分野の作品でしか体験できない個別の面白さや快楽などがあります。

小説より映画のほうが素晴らしい、ということも、映画よりも小説のほうが素晴らしい、ということも決してできず、小説には小説の良さがあり、映画には映画の良さがある、としか言いようがない。

これは、セックスとテレフォンセックスでもまったく同じことがいえます。

セックスにはセックスの良さがあり、テレフォンセックスにはテレフォンセックスの良さがあるというわけです。

想像力の冒険が現実にも影響する

テレフォンセックスは想像力を刺激しあうことによって成立するプレイです。

想像力の介在しない場所に、テレフォンセックスという性的な空間は決して立ち上がることがありません。

テレフォンセックスは、想像力を刺激する声や言葉を放つだけではダメで、相手から届けられた声や言葉を受け入れる想像力も必要になります。

能動的な部分と受動的な部分を同時に働かせながら、想像力をどこまで高く羽ばたかせられるか、というところに、テレフォンセックスの成否がかかっているというわけですね。

テレフォンセックスは想像力を刺激しあうプレイであり、それを受け取る能力も必要だ、と言いましたが、これはセックスの場においても実は重要なポイントです。

映画を見ることによって小説の読み方が変化する、というようなことが起こるのと同様に、それぞれは別々の分野でありながら、それぞれの領域に影響する、という側面が、セックスとテレフォンセックスの間にも発生します。

テレフォンセックスを通して「想像力」の重要さを知り、また「想像力」を通したプレイを経験することにより、セックスが影響される(逆もまた然り)、ということが起こるのが、テレフォンセックスの面白いところです。

テレフォンセックスで経験した想像力の冒険は、すべてに関連しあいながら、それぞれの性生活の場を豊かにしてくれるものなのです。