「 テレフォンセックス講座 」一覧

エクスペリメンタル・テレフォンセックス

エクスペリメンタル・テレフォンセックス

以前、当ブログでは「セックス抜きのテレフォンセックス」というやや倒錯したテレフォンセックスのヴィジョンを提示させていただきました。この記事では、「テレフォンセックスからセックスを引き算してもテレフォンセックスは可能である」という仮定を出発点にして、「テレフォンセックス」を成立させている前提を改めて根本的に洗い直して疑いながら吟味してみよう、というひそかな目的がありました。

テレフォンセックスによって幽霊化する身体

テレフォンセックスによって幽霊化する身体

テレクラには幽霊が出る、そう、テレフォンセックス愛好家という幽霊が――。こんなことを書き出すと、「テレフォンセックス中の快楽の高まりに脳や心臓が耐えきれず、ついにお亡くなりになられたテレフォンセックスプレイヤーが、テレクラの悪霊として出てくる」というような、テレクラにまつわる「本当にあった怖い話」などを期待される方もいるかもしれませんが、私は、何もそういう話がしたいのではありません。

恐山のテレフォンセックス狂

恐山のテレフォンセックス狂

「声」と「言葉」でもって遂行する特殊な性行為であり、「演技」の要素が切り離せないテレフォンセックス対しては、「憑依型テレフォンセックス」という一つの構図がみえてくるようにも思うのです。とはいえ、「憑依型テレフォンセックス」で使われている「憑依」という言葉は、いわゆる「憑依型俳優」という言葉で使われている「憑依」とはやや違います。

テレフォンセックスで経験する精神の三段階

テレフォンセックスで経験する精神の三段階

テレフォンセックスをプレイする人間は、テレフォンセックスを通して、みずからの精神が駱駝から獅子へ、そして、獅子から小児へと変化していくプロセスに身を置くことになります。テレフォンセックスをプレイする直前の段階は、テレフォンセックスというものをどのようにプレイしたらいいかどころか、テレフォンセックスという生き方があることを知ってすらいませんし、テレフォンセックスを通した精神の解放も知りませんから、重荷を背負ったまま砂漠をひたすら沈黙して歩く「駱駝」のフェイズにとどまっている状態といえます。

テレフォンセックスを勝ち取るための闘争領域

テレフォンセックスを勝ち取るための闘争領域

テレフォンセックスにまったく興味がないテレクラの女性とテレフォンセックスをすることは果たして可能でしょうか。もし、テレフォンセックスに興味がない女性を無理やりテレフォンセックスの空間に引きずり込もうとするならば、それは、テレクラにおける受話器越しの強姦行為と言われるような、裁かれるべきマナー違反の行為になるかもしれません。

テレフォンセックスとセックスのコントラスト

テレフォンセックスとセックスのコントラスト

テレフォンセックスは、肉体というものを抜きにして、「声」と「言葉」のみで成立させる性行為ですから、実際のセックスの場面で訪れる肉体的な困難を避けることができる、という強みを持っています。たとえば、早漏や遅漏、インポテンツ、包茎などといったセックスの場面で「弱点」とされる要素、または外見などのコンプレックスなども、「声」と「言葉」だけで行うテレフォンセックスの場面においては、どれもまったく重要性を持ちません。